2013年9月20日金曜日

とある手法



自分が今、Bigalow氏から習った日本のロウソク足の形に基づく売買をしているので、おそらくは彼が研究したと思われる酒田罫線法というものを深く学んでみたいと思い、同友館から出ている「定本 酒田罫線法」を読んでみた。

 非常に高価(¥4854)だったので立ち読みで済ませようかと思ったのだが(笑)少し読んで立ち読みなどではとても理解することはできないと思い買って読んでみた。

 まず、この本を読めば酒田罫線法の売買手法を手取り足取り教えてくれるのかという願望を持って読むとたぶん失望するだろう。
 手法(技術)に関する説明は非常におおざっぱだ。というか、もともと単一の酒田罫線法などという技法が存在しているわけではなく、その多くは流布本などの形で江戸時代から明治を経て、現代にまで伝わっているだけなのだ。

 しかも、それらに大まかな共通性はあるものの、これが酒田罫線法だ、という統一した技法として確立されているわけではない。
 この手法を確立したと伝わっている本間宗久という人も実在はした人なのだが、著者の意見、また定説ではこの人が実際に相場をやっていた可能性は低いということである。

 たしかに、酒田の大地主(その富は土地の領主をしのぐとも言われていた)ともあろう人が、直接相場を張るとはとても考えにくい・・・
 なので、現在に伝わっている酒田罫線法というのは、数百年の伝統を持つ日本の米相場で取引をしてきたその時代、その時代の腕利きの相場師(トレーダー)たちが、思い思いに自らの経験と知識を後世に残してきたものの集積であるというのが、著者の考えだ。

 ただし、彼自身が直接取引所に行ったことは考えにくいとしても、彼が売買を使用人などに指示して取引した可能性はあると思う。

 
というわけで、まず著者は数々の流布本や現代の酒田罫線研究家たちの教えを学び、そこに共通するある種の一貫性をくみ取ってまとめたのがこの本である。

 僕もこの本に載っているロウソク足の型をいくつか見たが、そのほとんどはなるほどと思わせてくれたが、一部はこれが何で売りのサイン、買いのサイン?と思わせるものもあった。
 単に昔から型として伝わっているからそのまま暗記して伝わっているだけだろうと思わせるものだった。

 とくに、トレンド途上に現れる押しや、戻り、の「型」というものは、ぼくからみるとこれと天井圏や底値圏に現れる型とどうやって区別するのか疑問に思う物がほとんどだった。たぶん、まだ経験が浅くてそこまで見る目が僕には備わっていないのかもしれない。
 ただし、天井圏や底値圏に現れる型には、Bigalow氏から学んできた僕にはなるほどと膝を打ちたくなるものがほとんどだった。

 実はこの本は、もうだいぶ前、20年ぐらい前だろうか、読んだことがあるのだが、何が何だかわからなくて失望したことがある。
 しかし、今回読んでみて、この天井、底値エリアによくあらわれる型を見ると、ほんとうに砂に水がしみ込んでくるようによく理解できた。この本を読めるようになるまでに20年かかったということかもしれない。

 ぼくなりにまとめてみると、酒田罫線手法というのは、基本的に徹底的な逆張り手法であるということ
 以下に、後述する立花さんの手法を例として挙げてみたい。
 上昇トレンドの時に押し目をつけるとき、陰線1本目から買い下がり、2本目、3本目と約3回に分けて買い下がる。つまり、ナンピンである。しかも、ポジションも買い下がるにつれて増やし平均値を下げていく。

 下降トレンドの時はその逆をやる。
著者のすごいところは、昭和31年の株と小豆相場の日足、また、昭和51年の小豆相場の日足を調べて、前者は1250回の押し目、後者は323回の押し目を集計し、陰線何本目で押し目が終わるか統計を取ったところだ。大変な根気と忍耐力がいる作業だ。

 その結果がまた興味深く、押し目形成中の陰線(上昇トレンド)3本目で押し目が終わる確率が実に86.6%であることを見つけた。
 相場の世界で86%という確率が驚異的なものであることは、トレードを知っている人ならばみんな理解できると思う。

 もちろん、データが古い(第一刷発行が1991年)のでこれが現在のマーケットにそのまま通用するかはわからないが、もし通用するとすれば、これを利用しない手はないということになる。
 この結果を見るにつけても、酒田罫線法というものが単なるいい加減な知識の集積ではないということがわかる。

 ただし、いつが上昇トレンドでいつが下降トレンドなのかそれを判断する方法については一切触れてない。江戸時代から明治時代ならば、おそらく今のような様々なインジケーターなどはなく、トレーダーが見ることができるのはロウソク足だけだっただろう。
 だから、トレンド判断は月足で判断したか、単純に新たな高値を何回更新したかとか、あるいは完全な相場師としての勘で判断したかのどれかではないかと思う。

 ナンピンを主とした完全な逆張り手法なので、どうしてもリスクが大きくなる。
昔のトレーダーたちはどうやってそれをヘッジしてきたのかというと、それは「つなぎ売買」だろうと僕は想像している。
 つなぎ売買というのは両建てをすることで、たとえば押し目をさがるにつれて買い増しているときに、そのままトレンドが転換して下がっていっても損失を限定できるように、売りポジションも同時に立てていくやり方だ。
 後述する立花さんはこの手法を縦横無尽に駆使して相場の世界に名を残した人である。

 そのたてかたも、分割売買で最初は少なめに立て、少しずつ大きくしていく。
とくに、天井や底値でのドテンをするとき、たとえば天井なら天井が近づくにつれて少しずつ分割して売りポジションを立てていく。
 そして、いよいよ天井をつけ下降トレンドに転換そうだなと判断した時に、天井前から下降トレンド形成までの期間に、それまで持っていた買いポジションを分割で決済していき、それまで買いポジションのヘッジとして「つなぎ」で立てていた売りポジションが本玉(メインの売りポジション)に変わっていく。底値圏ではその逆をやる。

 なので、単純なナンピンではもちろんなく、酒田罫線法というものをそのオリジナルな方法で実行しようと思ったら、このつなぎ売買というものをマスターしなければならないのではないか・・・なぜなら、一方向へのナンピンだけではリスクを軽減できないからだ。

 よくナンピンは絶対にやってはいけないものといわれているが、それはこの「つなぎ」をやらないからで、昔の相場師はこの手法をマスターすることで神業のようなナンピン手法を行使したのだと推測できる。

 具体的にこのナンピンとつなぎ売買を知りたいという方は、同じ同友館から出ている「あなたも株のプロになれる」著者 立花義正を読まれることを勧めたい。
 僕はこれを読んでその精緻で職人的な技法の鮮やかさ、ほとんどアートと呼んでもいいその洗練されたテクニックに憧憬の念さえ抱いたのを覚えている。

 現在のマーケットで、彼ほどの超高度な技法を持ったトレーダーは果たしてどれくらいいるだろう…いたとしても極めてまれではないかと思う。
 酒田罫線法というのは、過去数百年にわたり存在した有名無名の立花さんのような相場師(トレーダー)たちが、口づてに語り伝えてきたものを、それを聞いて学んだ人々がその一部を文字の形で残してきたものの集積ではないかと思う。

 ただ残念なのは、今のラーメン屋さんがその作り方を簡単には人に教えないように、昔の相場師というのは自分で苦労して編み出した手法をあまり人に教えたがらなかったのではないかと想像する。それが、様々な流布本という形では残りながらも、統一した見解、手法というものが現在に残ってない理由ではないかとおもう。

 なぜ、昔は立花さんのような巧緻で洗練された技法を使った相場師がすくなからずいたかというと、それはやはりインジケーターというものが今のように豊富になかったことが一番大きな理由だと思う。
 だから、どうしてもポジションの立て方の技法を洗練させることによってその不利な側面を克服してきたのだろう。

 結論を言うと、この本は具体的な売買手法を知りたいという人には不向きだが、酒田罫線法というものをつらぬく基本的な概念、つまり、ロウソク足の形で相場参加者の心理の変化を読み取り、それをもとに売買手法を作り上げていった、というプロセスを学びたい人にとっては読みごたえのある本だと思う。

 ちなみに、Bigalow氏が教えている方法は逆張りではなく、トレンド(大きなものから小さいものまで含む)の転換を確認してからポジションを持つ、順張り系のカウンタートレンド(それが長いトレンドならばトレンドフォローになる)手法といっていい。
 彼の功績は、日本に伝わっている酒田罫線法の複雑怪奇な型の集積の中から、論理的に現実の相場で使うことが可能なものだけを取り出して、まとめあげたことだと思う。
 このへんは、やはり論理、客観性、再現性というものを重視する欧米人だな、と感心する。

 今回この本を読んで、酒田罫線法の本来の手法である純粋な逆張りをマスターしたいという野望を持ったが、果たしてそれができるかどうか…まだ、それ以前の段階すらマスターしていないヘボトレーダーの壮大な野望(無謀?)である(笑)。